失われた時を求めて('26.10.9更新)

 マルセル・プルースト著「失われた時を求めて」を読んでいる。20世紀最高傑作といわれ、且つ世界で最も長い小説の一つとされている「失われた時を求めて」を・・だ。

何で、そんな事を思いついたのかというと、 名前は昔から知っていたが読む気はさらさら無かった。それを読むようになった切っ掛けは、ホックニーの本を読んでいて彼が「失われた時を求めて」を愛読書?にしていることを知ったから・・。ゲイジュツカ(^^)なら読むべき本だと思って読む気になった。

ちくま文庫版で全10巻ある。1年で読めるか2年で読めるか?生きてる内に完読できるか・・まぁ、読む気が続くかどうかが問われる。疑問符がだいぶ付く読書計画なので無駄をしないように図書館で借りることにしている。

先ずは第1篇「スワン家のほうへ」を読みながら、適宜感想を書いていきたい。感想文は上に上に順に載せるので下のほうが古くなる。 

 


 

事実を書いているのか、架空の話をデッチ上げているのか?(これは失礼)・・こんな文章がある。「彼女のドレスよりも長いのを私の祖母が気に入ったというと、彼女はよろこんだ。その首飾りは、ティツィアーノの筆になる、まだ一度も家の外にもちだされたことがない彼女の曾祖母の肖像画のなかに描かれているものなのだ。だから、それは本物であることは確実だった」小説の中にはふんだんに実在する古今の芸術家や文学者や音楽家の名前が登場するが、小説が書かれた時代を現在と捉えて、プルーストとの繋がりがあるのか無いのか、(もちろんレオナルド・ダ・ヴィンチやティツィアーノなどが時代のズレがあることは判っている)この小説に"筋”というものがあるのか無いのか・・と前に書いたが、このあたりのことが読んでいて難解な話だなと思うのである。('26.10.9) 

 

これは途方もなく壮大?な人間観察の物語である。なんちゃってね。時に現実、時に想像、時に創意工夫がされて、時に誇張され、自分と他者とがはっきり区別されて書かれている。虚栄心だったり卑屈の精神を混ぜたり、何を今書いているのか自分でも分からないが・・・。「女の血統からでは無い公爵夫人・・」これってつい先ごろ日本で姦しく話題になった皇室典範改正騒ぎ? と共通してる。('26.10.7)

 

この小説に"筋”というものがあるのか?・・・あるといえばある、無いといえば無い、感じだね。 私小説風に書いた日記を読んでいるような気になる。私は「フィンセント・ファン・ゴッホ書簡全集」を愛読書?にしている。何度も読み返しているが、「失われた時を求めて」と共通点が感じられる。まだ二篇の前半しか読んでないけどね。('26.10.4)

 

かなり努力して読んでいる。読むぞーっと意志に働きかけてでないと進まない。ホックニーが愛読書にしていた理由がわかったよ。随所に芸術論が出てくる。絵に関しても音楽に関しても・・いろいろな芸術分野に広く 関心が示されている。"シロウト考え”かもしれないが文学論に関しては執拗に書いているように思う。この本は小説の形式を纏った芸術概論じゃないかな。('26.9.28)

 

第二篇「花咲く乙女たちのかげに」を読み始めているが、もう止めようと思うこと度々である。でも、思い直して再び文字面を辿ることになる。私が若い頃に読んだ三島由紀夫の「仮面の告白」(内容はほとんど忘れているけど・・)を思い出すのだ。もしかして三島由紀夫は「失われた時を求めて」が念頭にあったのかもね。

さっそくネット検索すると「仮面の告白」の冒頭部「永いあいだ」で始まる言葉が「失われた時を求めて」の冒頭部と同じだそうだ。また、三島の文体がフランス語の文体と似ているともあった。満更好い加減な感想でも無かったみたいであるな。('26.9.22) 

 

第一篇「スワン家のほうへ」を読んだ。「私」の幼い恋の相手がスワンの娘ジルベルトであることが終盤に描かれる。スワンは、光源氏のように思われてしかたがない。単に私の妄想だがね。文庫版で700頁を超える厚さは長かった。七篇中の一篇だけだのにね。三日間ほど入院していたので暇つぶしになってちょうど良かった。さて、第二篇「花咲く乙女たちのかげに」に挑戦するか!(26'9.13)


「スワンの恋」を半分強読み進んだが、果たしてこれが・・20世紀最高の位置に値する小説なのか?・・ギモンが沸々と湧いている。自分の能力ではこの小説を理解できないのか・・

愛人を巡っての恋敵との確執や紹介者である立場のご婦人の豹変ぶり?とかスワンの恋悩み・・映像で見たら面白い場面になるだろうところがふんだんにあって読み手が引き込まれる点は十分にある。 ('26.9.7)

 

第一篇「スワン家のほうへ」の第二部「スワンの恋」読みつつある。社交場での会話や雰囲気で華やかな様子が感じられる。音楽が底流しているような感じがする。スワンのプレイボーイぶり、立ち居振る舞いが中心となっている。背景に芸術文化思想みたいなものが流れていて、美術や音楽の事物が具体的に描かれている。('26.9.4)

 

ホックニーが愛読書にした訳が少し分かった。細かな表現が絵画風?なんだ。事物の色彩表現が細やかで、時間の経過による色の移り変わりも丁寧なところがある。風景や事物の形の表し方も画家の眼で見ているような感じがする。具体的で正確なんだ。 ('26.8.29)

 

登場人物が多いので名前を忘れてしまうと、人々の繋がりが不明瞭になるので時々確認が必要になる。人の名前を覚えることが苦手な私には酷なことだ。

現在第一篇「スワン家のほうへ」第1部「コンブレー」を三分の二読んだ。面白いと思ったところは人間関係だ 。私・祖母・祖父・母・父・叔母・叔父・女中たち・雇い人とたくさん登場するが、叔母と女中のフランソワーズの駆け引きなどの場面は可笑しい。この分なら最後まで興味を持って読めるかなと思う。('26.8.28)


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